清家農園みかん山通信(172号)令和7年7月号
5月半ば過ぎから雨の日が多く梅雨入り宣言以前に梅雨が始まっている様子でしたが案の定7月に入る前に四国は梅雨明けとなり、挨拶は「暑いですね」になり、連日30℃超えどころか35℃も珍しくない猛暑の日々です。梅雨の最中は洗濯物も気持ち良く乾かず、家の中もジメジメ、気分まで憂鬱になってしまいそうでした。時々は晴れの日も欲しいのにと思っていましたが、みかんの木にとっては真夏の日照りの為に樹下に水分を蓄える大切な雨でした。ただ、此処数年雨の降り方が激し過ぎて、傾斜のある園地では地面に染み込む前に表面の土と共に流れ下ってしまうので、土砂崩れの恐れがあり、みかんの木々の蓄えになっていないのではと心配です。人間とは勝手なもので、あれほど湿気が嫌だと思っていたはずですが、例年よりかなり早く梅雨が開けてしまったと知った途端に「この暑さが続けば旱魃になってしまう」と梅雨時と正反対の心配をし始めてしまいました。何しろ昨年は数十年ぶりの不作で我が家もほとんどすべての品種の柑橘の収量が半分かそれ以下、清見タンゴールは鳥獣害も加わってほぼ全滅でした。今年もこの暑さが夏の間中続いてしまったらまともに育つだろうかと不安がよぎります。今から数カ月先を心配しても仕方がないのですが、気候の影響をもろに受ける農業はそれなりに対策をたてなければなりません。柑橘は野菜と違って1年に1回きり収穫ができません。苗木から成木になって実を成らせるには数年以上かかります。考えれば気の長い話です。一生かかっても数十回の収穫切りできません。それでも苗を植え育て、来年こそはと草を刈り肥料をやり選定をし、日照りが続けば1本1本に水をやり、適果や袋掛けをし、挙げ句収穫激減ということもあります。それでも来年こそと又みかんの世話をします。農業は懲りない底抜けの楽天家でないと務まらない仕事かもしれません。びっくりする程の収入とは無縁で地味な仕事ですが、それでも世界中で何百年何千年と農業は受け継がれています。ITは産業革命に等しいとても大切な産業とは思いますが、農業者の自画自賛で言いますと、誰かが作物を作らないと皆飢えてしまいます。日本の米騒動とガザの飢えを同等に考えることは出来ませんが、人は食べ物なしでは生きていけないことをつくづく思い知りました。 戦争も地球温暖化もどちらも人間の欲望から始まり、沢山の尊い命が犠牲になり凄まじい被害が拡がっています。まず第一に1日も早く戦争を終わらせ、これ以上の気候変動が起こらないよう、1人ひとりが環境のことを自分事として考え、毎日の暮らしの中で実行し、世界中の国も動かないと、昔、小学校か中学校で習ったチグリス・ユーフラテス流域が砂漠化して歴史で習うだけの文明となってしまったように、地球全体が滅びに向かってしまうのは自明の理です。たった6人になってしまった、村の婦人会のおばちゃんというよりオババたちでさえ、集まればこんな話をしています。「不作を嘆いていてもしょうがない、百姓の誇りを持たなきゃ挫けてしまってやってられないよね」と言いながら今日もオババ達は公民館で廃油石鹸を作っています。
ふるさとや瞼の裏の夏祭り