清家農園みかん山通信(168号)令和7年3月号
あっと言う間に2月に逃げられ、早3月です。つい2月24日には一時前も見えない程の雪が降りその美しい雪景色に見とれながら寒さに震えました。2月の4日から7日迄の4日間は雪が降り続き気温も下がり収穫前の柑橘が凍ってスカスカになったり苦くなったりしていないかと、とても心配でした。若い働き盛りの頃は、雪が降ると歩いてみかん山に行き、蜜柑の枝に降り積もった雪を1本1本払いに行きましたが今はその体力もないので、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」のようにただオロオロと心配するばかりでした。宇和島吉田町は南国のイメージですが関門海峡の真向かいになるので、寒気や雲が日本海側からもろに流れてきます。昔、結婚して埼玉から愛媛の住人になる時、冬はさぞ暖かくてからりと良い天気が続くのだろうと思っていましたら、意外と曇りの日が多いのでがっかりした覚えがあります。とはいえやはり気温は埼玉よりかなり高く、45年間、埼玉東京に蜜柑の販売に通っていた夫は「埼玉の冬はよく日が照るけど日陰は寒いんだ、愛媛に帰って来るとまるで春みたいに暖かいなぁといつも思う」と言っていました。吉田町は雪が降っても大概次の日には儚く溶けてしまうのですが、今年のように3日も4日も降り続くなど殆(ほとん)どありません。今夏は焼け付くように暑く雨も降らず、2箇所有る田んぼのうち1箇所はいつもの年の5分の1きり収穫できませんでした。かろうじてもう1箇所は昨年より少し少ない位でした。毎年娘や長男の一家に1年中のお米を送っていたのですが昨年秋から今年にかけては全く送れません。夫が旅立って次男と私のたった2人分の自家用米も足りるかどうかと心細い位の収獲量でした。お米だけではなく本業の柑橘も数十年振りの大不作でご注文に充分お応え出来ず心苦しいばかりです。気候が激しくなり農業も難しい時代になってきました。かといって、生物である人間は食べ物なしには生きていけませんので、その食料は誰かが作らなければなりません。ウクライナの戦争で小麦が不足し高騰し、輸入に87%を頼っている日本も困っています。何より主食の米迄不足し、価格が倍にもなっている現状を見ても食料の生産は生きてゆく上の大切な営みと痛感します。もちろんITやAIは今の時代には欠かせないのですが、吹けば飛ぶようなみかん農家の自画自賛かも知れませんが、一次産業を疎かにすると地球全体がイースター島の様になってしまうかも知れません。かく言う私も明日は何軒ものお客様に、「今月も蜜柑が足りなくなってしまったのでお送り出来なくなりました」とお詫びの電話をしなければなりません。折角のご注文をお断りするなんて一番辛い仕事です。今年の秋には今迄の様に蜜柑が沢山成ってくれることを願っています。みかん作りのプロフェッショナルだった夫に負けずに次男には頑張って貰いたいです。そして田舎好きの女性との出会いも( ̄― ̄*)、、、、
オカリナに乗せて春愁吹き飛ばす