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清家農園みかん山通信(141号)令和2年12月号

あれよあれよと12月。コロナに明けコロナに暮れた2020年でした。と過去形にして区切りをつけたい処ですがそうは問屋が卸さない状況になってきました。年の初め頃はまさか世界中の人々の暮らしがこのように激変するとは想像すらしていませんでした。東北大震災や、わが町を襲った3年前の大雨災害などが起こるたびに「今日と同じ明日は来ないかも知れない」と心の奥底に覚悟らしきものは持っていたつもりだったのですが、実は「覚悟」など殆ど持ち合わせていなかったのだと思い知らされた気がします。「今度は疫病ですか?」と神様に問いたい心境です。エイズやエボラ出血熱、SARS等、大変と言いつつ、我が身に降り掛かってこなかったので、真剣さに欠けていて、「やはり他人事としか考えていなかったのだなぁ」と、己の身勝手をつくづく反省。
 しわ寄せはやはり弱者に。ホワイトカラーの仕事はリモートで出来ますが、物作りや客商売はリモートでは出来ません。生活してゆくには仕事をしなければなりませんし、その仕事すら失い困窮する人々。マスクを付けて思いっきり運動場を走り廻ったら息が苦しくなり、お友達と体をくっ付けてじゃれ合ったら先生から長いお話(つまり注意のお説教)をされた屈託の無い低学年の子供達。術後1年の定期検診もコロナにビクビクしながら病院に行ったおバァこと私。折角大学に入学したのに授業も無く友達も出来ない大学。降りかかる就職難。家族に色々な出来事があっても自宅に帰れない単身赴任者、旅行社からスーパーに出向し慣れない仕事で倒れ救急車で運ばれた友人の息子さん、県外からのみかん穫りアルバイターを雇えず人手不足に困っているみかん農家。甘い話と笑われるかも知れませんが、数え上げたらきりが有りません。
 今年の農林業センサスによると日本の農業従事者の69%が65歳以上、平均年齢67.8歳、愛媛県は74%が65歳以上、平均年齢は69.3歳となっていました。私の住む、35軒程の殆ど農家の小集落でも後継者が居る家は8軒です。(内1軒は独身なので次の代は無いかも、トホホ我が家です。お嫁さんヤーイ)みかん農家は1年中仕事があり、ここ数年みかんの価格が良くなってきているので、これでも後継者に恵まれて多い方です。とはいえ過疎は進む一方で街に出てみると余り人が歩いておらず、密になりようがありません。蜜柑山は四方八方みかんの木ですからマスクすら必要ありません。たった7人の婦人会の常会の折、「田舎暮らしもたまには良い事もあるもんだ」と不謹慎にも密談。メンバー唯一の魚屋さんが、「一番需要が多いお葬式にどの家も人を呼ばんけん仕出しの注文が激減して困るんよ」と言っていました。「もう若くないんやけん今位の注文数で丁度いいんやないの」とは無責任な仲間の声。都会の方達に怒られそうな呑気な話ですみません。
田舎好きな都会のみなさん、この際、真剣に田舎暮らしをご検討下さい!
ペストやスペイン風邪の流行の後の様に社会体制が変わる潮目かもしれません。
庭の山茶花がコロナ関係なしと言う風情で愛らしいピンクの花を咲き継いでいます。夫の目を盗みながら植えたチューリップが咲く頃にはコロナが収束してくれるよう願っています。来年こそ良いお年に! 

疫病禍猫関せずと日向ぼこ