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清家農園みかん山通信(145号)令和3年4月号

春爛漫、どこを向いても花盛りです。昨年秋、「仕事に追われているのにこんな事をしていて良いのかな、家の中を片付けたほうが良いのかもしれない、でも働くばかりは味気ないし」と、少し後ろめたい気持で急いで植えたチューリップが庭のあちこちに赤、白、黄色、オレンジ、ピンク、紫、パステルカラーと色とりどりに咲いています。倉庫とパソコンの前との行き帰りにチューリップちゃんに話しかけながら楽しんでいます。井戸端の山茶花が咲き終わったと思っていたらいつの間にか木蓮が満開になっています。岩桜は優しい香りを振り撒き、可憐な花を控えめに咲かせています。その木の元の、面倒を見て貰えなかったフリージアがくねくねと茎をよじらせつつ健気にも咲き、玄関横の木香薔薇も蕾をいっぱい膨らませ、母の形見に埼玉から持って帰ったバラもすずらんも、蔵の前に並べている農協年金友の会から誕生日祝いに貰った鉢植えのパンジーや、生協から買ったビオラやなでしこも精一杯これでもかと咲いています。皐月の花もちらほら見え始めました。何しろ人口が減り続ける過疎の田舎の、庭に全く無関心な農家なので、家の周りには無秩序に植木が繁り、1年中何かしらの花が咲いています。きちんと手入れをされているお宅の、松や池などの秩序正しいお庭とは無縁の、自由気ままに植物が生えている空間となっています。野菜畑の横の桃や杏の花も、戦死した叔父が出征前にお墓に植えた大木の桜も、街へ出る途中の誰も訪れないダム湖の周りの桜も満開です。道端のすみれの花も深い紫色を風に揺らせてここに居ますよと呟いています。花はいずれ散りますが咲いている間は人々の心を優しく包んで幸せな気分にしてくれます。はかなげに見えますがなかなかどうして、花の力は凄いなと思います。
 コロナウイルスは寄せては返す波の如く、一進一退、未だに世界中の人々を脅かせています。皆様は如何お過ごしでしょうか?私はみかん山の上にある我が家でピコピコとパソコン仕事に明け暮れて、ほとんど外出せず、花が綺麗だなどと呑気な事を言って暮らしていますが、エッセンシャルワーカーと言われる、人間が生きてゆく為に不可欠な仕事や、人と接しなければ成り立たない仕事、リモートだけでは解決できない仕事に就いている方々のことを思うと胸が痛みます。保護者の出席もなく、自分達だけという寂しい卒業式や入学式が多いという話も切なくなります。子供達にとって一生の思い出となるはずの行事の数々が沢山の人々の祝福に見守られた中で出来ないというのは悲しい事です。
どんなにコロナが人々を苦しめようと朝が来て夜が来て地球は回っています。10年前の余震が続く中で、オリンピックの聖火リレーも始まり、福島の方達は、複雑な思いでこの日を迎えられたのではとお察しします。コロナ禍、何かせねばと、先日はたった7人となった婦人会のおばちゃん達で困窮の極みにある難民に救援衣料を送りました。
我ながら歯がゆく情けないのですが、何が起きても一番先に転んだり倒れてしまいそうな、若さも体力も知力も根性も無い私は「頑張ろうと」とか「負けないで」などと言える身ではないので、「柳に風」を見習って、何とか今日と明日を&明後日を過ごし真の夜明けを待つことにしましょう。

黄の海と化して菜の花盛りかな