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2026 (令和8年)
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清家農園みかん山通信(175号)令和8年1月号昨年だった日々が一夜明けると一昨年となり遠ざかる不思議。過ぎ去った日を追いかけるより、新しい1年何をして楽しもうかと考えるほうが前向きといえるのでしょうが、楽しかった事を思い出し微笑む位は許されても良いのかもしれないとも思います。 元旦。辛うじてお雑煮とおせちは食べました。年末には年が明けたら近くの温泉にでも行こうかと思っていたのですが、燃え尽き症候群とでも言うのでしょうか、息子(独身・中年のおじさん)も私(後期高齢者)も何をする気力もなく、お正月の三ヶ日は寝正月でした。昨年末12月は実力を超えた怒涛の忙しさでした。仕事が有るのは有り難い事なのですが人手不足は如何ともし難くみかんの収穫と選果、箱詰めを息子が孤軍奮闘し、営業兼総務の私はパソコンと電話とFaxとスマホからの注文その他の応答、みかん代金の計算、収穫量と出荷量の調整にパソコン前と家の裏の倉庫の間を行きつ戻りつ、1日に数十の受け答えに粗末な脳はパンク寸前、それでも一番丈夫だったのは口(つまりお喋り)でしたしアドレナリンが噴出していたのか倒れることもなく、生きていることに感謝の毎日。思わず「天国の夫よ降り来てみかん摘め」と出来の悪い川柳のような句が浮かびました。そんな絶体絶命の時、まるで女神の様な方が現れました。お嬢さんの国内留学で愛媛県に来られたお客様のみかんの注文の折に人手不足の話をすると、助けてくれる事になったのです。1時間余りの道をものともせず通いみかん採り、箱詰めと実に手際よく働いてくれました。昔一緒に公民館で味噌作りを楽しんだ未亡人の友達、そのお向かいの家のしっかり者の未亡人にも頼み込み手伝って貰いました。俳句や国際交流協会の友達であるやはり未亡人の有閑マダムもボランティアで、慣れないみかん採りを一生懸命手伝ってくれました。合計4人の未亡人の力恐るべしではなく偉大なりです。もう一人、青年海外協力隊の後輩が、食べきれない程のお弁当や食料を持って駆けつけてきてみかん採りもしてくれサッと次のボランティアに出掛けて行きました。優しく寛大なお客様にも様々なご迷惑をお掛けしましたが、こうして何人もの女性陣や理解有るお客様に助けられ曲がりなりにも大晦日迄を乗り切り、2026年を迎えることができ感謝感激です。今年の12月を考えるのは早すぎるかもしれませんが、根本的な対策と改革をしなければと切実に感じています。オババではなく清家農園の中年のおじさんつまり息子に真剣に考えて実行して貰いたいです。庭に出てみると、岩桜が紅葉を終えて散ろうとしています。新年の玄関に活けてあげなかった赤い南天の実があちこちで風に揺れ、水仙も咲き始めおまけに菜の花まで咲いています。山茶花もまだ頑張るぞと咲き満ちています。自然は何も言わず、人間の悩みも喜びも静かに見守ってくれています。 遠いガザやウクライナ・アフガンや南スーダンの地にも平和が訪れ、飢えや戦闘から解放され、瓦礫の代わりに花が咲き実がなる日が来ますように切に願っています。
早三日未だ燃え尽き症候群
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