清家農園みかん山通信(66号)平成20年3月号
二月の末から格闘していた青色申告、啓蟄の今日やっと農協に提出してきました。パソコンで入力し始めて、かれこれ5年が経とうと言うのに未だに年度末には捻り鉢巻で決算をしなければなりません。1年間ほったらかしの挙句大わらわ、と言うのが恒例の悪い慣わしです。私よりほんの1、2年先に始めた友達はスイスイと一人で何の滞りもなく、電子申告までしています。私はと言えば農協、農業改良普及所、そして友達と電話を掛けまくり、ああでも無いこうでも無いと行ったり来たりの繰り返し、情けない事この上ないのですが、最後は普及所か農協に駆け込むのがおちでした。石の上にも3年と言いますが石の上に5年、例年の如くあちこち電話を掛けて質問し、パソコン上で行きつ戻りつはしましたが、今年はどこにも駆け込まず決算書作成まで辿り着きました。何歳になっても自分の力で何かを最後までやり遂げた達成感は嬉しいものですね。思わず自分にパチパチと拍手してしまいました。これでやっとみかん山通信に取り掛かれます。思えば子供の頃から物覚えが悪く不器用で、何をしてもひとの倍程の時間が掛っていました。そのまま大人になってしまって気が付けば人生も第3コーナーです。夢もいっぱいあったのですが、叶えるまでにはまだ数十年掛かりそうです。人生が終る迄に夢を叶えることが出来る人はすごいなあと尊敬します。私も諦めないで夢のかけらでもいいから実現したいと思っています。世界中が拝金主義になってしまって、私はどうやら選抜から洩れてしまっているらしいので、なるべくお金絡みではない事に活路を見出すことにしようと考えています。幸いみかんのお陰で全国のお客様との素晴らしい交流があります。あの方この方、まだお会いしたことがない方でも振り込み票のメッセージやお電話でのお声でまるで親戚が出来た様な豊かで幸せな気分になります。あっ!みかん代を頂いていますのでお金絡みでしょうか?私にとってはお金だけではなく心まで頂いている素晴らしい役得です。三十何年産直をやってきてよかったなぁとつくづく思ってしまいます。3月には善一と一緒に埼玉にトラックで行ってきました。初めて、配達するすべてのお客様のお宅に同行しました。何故か懐かしい人にお会いした気持になりました。この方達に清家農園は支えられているのだと思うと一軒一軒立ち去り難い思いがしました。尤も、善一は「お前はお喋りが過ぎる」と言っていましたが。帰路の中央高速からの富士山、八ヶ岳、南アルプス、の遠く白く輝く姿や、凍った諏訪湖上の雪の白さ氷の碧さにも励まされました。「生きてるって捨てたもんじゃないなぁ」と、いろいろなことに感動しながら愛媛に帰ってきました。真夜中に着いた吉田町、トンネルだらけの国道から暗い沖を見るとぽーっとした漁火が迎えてくれました。一週間前の明け方に見た東京湾岸の、宝石に縁取られたような華やかな美しさ、首都高速のビルの林のチカチカ赤い妖しげな美しさ、とはおよそかけ離れた、我が家の暮らしにぴったりの地味な灯りでありました。
(今年は100%みかんジュース沢山搾れました。ご予約承ります。)
孫去りしあとの静寂や春隣