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清家農園みかん山通信(62号)平成19年11月号

 温暖化著しい昨今ですが、日常に追われ、ふと気がつくとすでに金木犀の香りは消え、萩はこぼれ、うろこ雲が流れ ,柿やみかんが律儀に色付いてきました。世界中で、砂漠化や海岸線の浸食の為に農地を失う農民が増えつつある今、多少の影響があるとは言え、こうして作物を収穫できることはありがたいことです。
 皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?悲しい事、嬉しい事、どなた様も色々お有りだった事と思います。我が家も5月末、6月半ばと長男と長女にそれぞれ二人目(女の子)が生まれ、4人の孫のじいちゃん、ばあちゃんに成りました。どちらも離れて住んでいますので、たまにしか会えませんが、孫達の可愛さといったら神様に感謝したくなります。びっくりしたことは眼底出血。子供の日の前日、地域の子供達に配るお菓子を20袋程両手に提げて農協から一歩出た途端「必殺仕置人」のシーンそっくりに左目から「ビチャッ」と赤い血しぶきが見えました。本当に左の目から「ジャーッ」と血が流れたわけではありませんが、実に劇的、印象的な映像でありました。何日間かは左目が見えにくく不安でしたが、今では視力も戻り、夜中の高速道路も運転しています。余り重い物を持つのは宜しくないそうなので、みかん採りのかご10sは重い物か、軽い物か、と考えながらみかんを採っています。田舎暮らしで、車の運転が出来なくなることは、行動範囲がとても狭くなるのとほとんどイコールなので目は大切にしなければと思っています。
 7月末、薄々覚悟をしていた事がついに現実となりました。そうなんです。次男が「ただいまぁ」と戻って参りました。果樹試験場、大学、大学院と実に9年間の長い仕送りでした。別に一流企業に勤めて貰いたいなどと考えた事はありませんが、他人様の釜の飯をせめて2、3年経験し、人脈なり経験なりを携えて(出来たらお嫁さんも見つけて)帰って来て欲しかったのです。又もし、矢折れ刀尽き満身創痍で「やっぱり百姓しよう」と帰ってきたのなら「よく頑張ったね」と同情することも出来るのですが、矢も刀も仕舞いっ放しで一度も使わず、「子供の時から百姓するって言ってたよね」の一言ではちと納得出来兼ねます。二人目のお産で里帰りしていた娘が赤ちゃんにおっぱいを飲ませながら、「お兄ちゃんはお父さんとお母さんがどんな思いで9年間も学校へ行かせてくれたのか考えた事あるの?必死で就職探したの?私はこの子が一歳になったら又働くつもりだよ。」とお説教していました。次男は「あー、うー」と唸るばかり。思わず笑ってしまう程の迫力場面でありました。
と言う訳で清家農園は後継者が出来、お家安泰???でございます。今年のみかん採りは大男が一人加わったので楽チンです。善一は「一生懸命、体も頭も使って働かなかったら追い出す」と言っています。マスターオブサイエンスよ「For Sale(売り土地)」なんて札をみかん山に立てないよう頑張って下さい。清家農園八代目、今期最大かつ緊急の目標は花嫁さんのゲットであります。皆様宜しくお願い致します。

後継の決まりて言問ふ秋燈下