清家農園みかん山通信(55号)平成18年4月号
そろそろ桜が散り始めました。昔は入学式頃に、ちょうど桜が満開で絵になりましたが、最近は温暖化でタイミングがずれてしまったようです。保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、そして我が家の子供達が大変お世話になった予備校、初めての仕事等、不安と期待と希望がいっぱいの4月ですね。四国路にはお遍路さんの白装束が増えてきました。皆さんそれぞれどの様な思いを抱いて八十八ヶ所を廻られているのでしょうか。みかんの行商に行く道すがら老若男女のお遍路さんを見かける度に「大変だろうなぁ。私だったらすぐ足が痛くなってしまうだろうなぁ。(何しろ私は外反母趾なので)豆も出来るだろうし、きっとすぐリタイアしてしまうにちがいない。でも1ヶ月以上も仕事も家事もしないで旅が出来るのはある意味羨ましいよね。」煩悩まみれの私はつい現実的かつくだらないことばかり考えてしまいます。いつ、どんな心境になったらお遍路さんになってみようと思うようになれるのか、俗世間にどっぷり漬かっている私にはまだよく判りません。でも余りにも忙しすぎると、「何もかも放り出してお遍路さんになってしまいたい」なんて思ったりして。これはどう弁明しても単なる逃避ですね。さて日本は改革路線を突っ走り、経済効率第一主義がすべての事にじわじわと浸透してきています。一体何の為に、誰の為に、行われているのでしょうか。少なくとも私の周りでは恩恵をこうむり、『よかった、よかった』と喜んでいる人はいません。良心や学識のありそうな人の『それではいけない』という声もあちこちで聞こえてはきますが少数派です。最も身近な例の町村合併ですが、吉田町も宇和島市と合併して宇和島市吉田町となりました。するとどうでしょう一、二年前から1人去り2人去りはしていたのですが、合併した途端に、旧町立吉田病院の専任の医師が1人も居なくなってしまいました。以前は12人もの医師が居り、特に産婦人科は近隣の町村からも患者が訪れて来ていました。今は毎日、日替わりで市立宇和島病院から医師が2、3人やって来るだけです。2年前に何億も掛けて改築した、ぴかぴかの病院は閑古鳥が鳴いてしーんとしています。
入院患者もほとんど、峠の向こうの15km以上離れた宇和島の病院に移されました。自分で運転出来ないお年寄りにとって宇和島迄通院するのは経済的にも体力的にも大きな負担になります。定食でしたら毎日変われば嬉しいかもしれませんが、病院に行く度に担当医師が変わっていては不安でたまりません。先日町民が公民館の大ホールに集まり『何とかして欲しい』と市に掛け合いましたが解決策は見出せませんでした。「このままでは安心して歳もとれない」と、私達おばさん連は寄ると触ると心配しきりです。パンだって真ん中の為に焼けてくれる耳があればこそおいしいのですから、端っこを疎かにしたらいつか報いがきますぞ!! ジュース終了しました。ありがとうございました。
老鶯の競う里山風渡る