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清家農園みかん山通信(164号)令和6年11月号

 永遠に続くのではないかと思われる程の長い猛暑の夏がやっと過ぎ去り、長袖の出番がやって来ました。とは云え11月だというのに日中はまだまだ半袖でも過ごせる暖かさです。この夏に枯らせてしまった玄関周りの鉢は秋の植え替えもされず、未だそのまま放おって置かれています。「花は食えない」と無粋な事を言っていたくせに、お客様からいただいてきた庭木を結構面倒見ていた夫が、この哀れな庭を見たらなんて言うかしらと思いながら、世帯主が変わるとこんなにもいろいろな処理が待っているのかとうんざりしつつ、手続きに追われています。時々、すべて放り出してお花植えしようかなと思うときもありますが、息子がみかん山から山着を目一杯汚しながら帰って来るのを見ると、私も頑張らないといけないなぁと気を取り直して、書類を抱え農協や役所通いをしています。「こんな時どうすれば良いのかしら?」と尋ねたくても、夫は仏壇で微笑んでいるだけ、、、、あの暑い暑い八月の夏の日に二度と戻って来ない旅に出てしまいました。私は自分自身では結構自立していると思っていたのですが、農業という仕事柄、矢張り専門家(自称みかん百姓)だった夫に頼り教わるところ大だったと思い知らされています。
老年期の人間にとっての貴重な四年近くをコロナに奪われ、旅行、とりわけ夫が生き甲斐にしていた中・高生を引率してのカンボジア研修旅行が出来なかったことが残念でなりません。ようやく昨年の九月にはアメリカ時代の三年振りのOB会の幹事として張り切って愛媛の案内をしていました。間もなく病に体が蝕まれてしまったのですが、旅好きの夫はもう旅は無理と思える頃になっても「オーロラを観に行こう」「ヒマラヤを空の上から眺めに行こう」「ポルトガルのファドを聴きに行こう」「金婚記念に世界一周のクルージングはどうだ?」と私を誘うのでした。私も「テキサスに住んでいる親友に会いに一緒に行ってくれる?」とお互いに実現は叶わないだろうと内心思いながら話していました。
人はいつかは愛する人と永訣しなければなりません。それが早いか遅いかは自分では決められません。私の周りにも辛い悲しい思いを乗り越えてきた方々が沢山おられて、皆それぞれ懸命に生きていらっしゃいますし、この世界には戦争や災害で酷い別れをしなければならない人々が沢山存在しています。それでも遺された人達は生きていかなければなりません。
それほど勤勉でもなく、真面目でもなく、覚悟もなく、終活も出来ておらず、口ばかり達者なおっちょこちょいの私なので一日も早く息子から戦力外通告を貰い、ご隠居さんになって、片付け三昧、趣味三昧、旅行三昧で暮らしたい夢があるのですが、夫がさっさと永遠の戦力外になってしまったので、当分仕事から足が抜けなくなってしまいそうです。「あ-ぁやんなっちゃった」と思った時はその方達や心配してくださる皆さんの声や顔を思い浮かべて頑張り、でも時々はサボるつもりです。
 みかんがカメムシ被害を受け新・世帯主が選果に苦労しています。
       ほんとのみかん清家農園

喪失と向き合う勇気桐一葉