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清家農園みかん山通信(154号)令和5年1月号

 新年あけましておめでとうございます。皆様どの様なお正月をお過ごしでしょうかコロナが収まっているとは言い難い現状ですが、政府の方針もウイズコロナとなり帰省や旅行もかなり活発になってきているようです。私は箱根駅伝を時々観ながらこの通信を書き始めています。我が家は、単身赴任の長男は家族の住む山口には帰りましたが孫娘が高校受験生でおまけにコロナの病後、長女一家は彼女自身の緊急の目の手術直後という事情で誰も帰省してきませんでした。静かですが寂しいお正月です。夫は今、狩猟名手のお隣から頂いた大量の猪肉と格闘中です。猪はみかん畑を荒らす害獣です。11・12月の、能力を超えた忙しさの後なので燃え尽き症候群と言った感じで夫婦二人共ぐったりとしています。一日中鳴り止まなかった電話も鳴らず、パソコンも開けずFaxの受信の知らせも無い、貴重なお元日です。11,12月の間大好きな新聞を読む暇もなかったので、大量の新聞が私を待っていました。散らかし放題の部屋には目を瞑りほとんど1日中新聞を読むことに費やしました。安上がりで幸せな一日でした。数年前までは、どんなに疲れていても自分を叱咤激励して、徹夜で部屋を整え掃除をして新年を迎えていましたが、人並みに病気をしてからは、体が一番と開き直り、休むことが優先になってしまいました。しかしそれはそれで結構ストレスの元で、すっきりした環境で暮らすことに常に憧れている状態は、「なんとかせねば」と言う強迫観念から離れられず、第4コーナーを曲がりきった年齢の者にはかなりの重圧です。
 新年と言えど、こども病院へのミサイル攻撃迄あり、空襲警報が鳴り止まず、電気も止まり寒さと恐怖に震えているウクライナの人々や、シリア、アフガニスタン、パキスタン、飢餓に苦しむアフリカの難民達のことを思えば、物が多すぎて家が片付かないで悩んでいるなど愚の骨頂なのでしょうが、凡人オババたる私は、「私は彼等のために何が出来るか」とUNHCRとUNICEFとワールド・ビジョンから届いた寄付のお願いの手紙にいくらずつにしようかとチマチマと悩みつつ、故中村医師のペシャワール会も無視できないし高山さんの地雷処理の会IMCCDも今迄毎年カンボジアでお世話になっているし、と、みかんを買っていただいた皆様のお陰で一年中で一番懐が温かいこの季節の恒例のささやかな自己満足の実行に頭を捻っています。片や今日も仕事と身辺の整理と体を勞ることの優先順位をつけかね、進歩のない人と自覚しつつも煩悶しています。本当は年明けにはカナダのイエローストーンにオーロラを観に行こうと夫と話していた筈なのですがいつの間にか別府のお湯にしようという話になっています。現実に即した結論というところでしょうか。戦争や災害で苦しんでいる人たちに「私達ばかり平和に暮らしていてごめんね。でも明日は我が身かもしれないのよ」と心の片隅で言い訳を言いつつ温泉行きを楽しみにしているしがない私です。イーロン・マスクさんテスラもツイッターも売り払ってそのお金を世界中に寄付してくださいな。
 2月は はるみ ポンカン 甘平 伊予柑 ネーブルです。

永らへし生命確かめ初日浴ぶ